渋谷という街がとても嫌いなのですが、
その日はどうしても行きたいお店があり、
「まだ開発してるのかよ」などと心の中でボヤきながら、数年ぶりに渋谷駅の改札をくぐりました。
なんとなくハチ公を見に行ってから、
SIBUYA109を通り過ぎ、猥雑さとレトロさがいい具合に混ざり合う道玄坂の歓楽街に
「名曲喫茶ライオン」はひっそりと佇んでいました。
名曲喫茶についてざっくり言うと、
クラシック音楽を格式高い音響装置で聴きながら珈琲が飲める喫茶店であり、
まだレコードが高価で個人で購入する事が難しかった1960年頃に流行し、
次第に一般家庭にもレコードプレーヤーやミニコンポ、ラジカセなどが普及すると
姿を消していった、そんな背景があります。
Wikipedia感満載の説明の通り、自分もはじめて訪れるジャンルのお店であり、
クラッシックの知識もありません。通りの看板には創業1926年と書かれており、
お店の入り口も只者じゃない雰囲気でしたので扉を開けるのには少し勇気がいりました。
店内に入ると迫力のある音でクラッシックが流れており、音楽の邪魔にならない小さめなボリュームの”声”とそれを補填する”目線”で「いらっしゃいませ、お好きなお席へどうぞ」と案内をされ、目についた1階の席へ座りました。
お水と演奏のプログラムを持ってきてくれた店員さんに珈琲を頼んでから周囲を眺めます。
店内は1階と2階の吹き抜けになっており、そこに鎮座する3メートルはあろう巨大なスピーカー。レトロな赤いソファと年季の入った木のテーブルのナイスなペアの座席は全てスピーカーと向き合えるように配置されていて映画館のような、チャペルのような雰囲気でした。
演奏を楽しむために会話と店内の撮影禁止のルールがあることから他のお客さんも1人が多く、淡々と本のページを捲る人、目を閉じて音楽に耳を傾ける人、書き物をしている人などそれぞれがこの空間を愉しんでいる様子でした。
僕も先程までのソワソワした気持ちは珈琲が届く5分程の間に消え、
渋谷の喧騒から隔絶されたこの空間にチューニングされたような心地がしました。
華やかなドヴォルザークのスラヴ舞曲が流れる中テーブルに運ばれてきた珈琲は
熱々で深めな味わい。「どーぞごゆっくりと」の気遣いを感じます。
一口飲んでは、シックな内装を見渡し、もう一口飲んでは迫力のある音に耳を澄ませたりと、一口の余韻を大事にできる一杯でしたので読書をして過ごすことにしました。
僕は本を読んでいる際、展開に引き込まれそうな時ほどいったん没入している本から顔をあげて、それまでの展開の整理だったり、この後来るであろうキツい一文に備えたりするのですが、その顔を上げて帰る現実が薄暗くクラッシックが流れているこれまた1人の異空間であり、とても不思議な読書体験でした。
珈琲のおかわりをし長居していると自分も他のお客さんも自然とカップとソーサーのあたる音や、席を立つ際の足音など抑えていることに気が付き、それぞれが1人になる為の連帯感の様なものを感じ素敵なお店だなぁとしみじみ。
足元には幾つもの地下鉄が張り巡らせられていて、地上では真っ直ぐ歩けないほど人と交錯するほとぼりの冷めない渋谷。そんな街において束の間の時間を1人でやり過ごせるそんな魅力のあるお店でした。
自分の中で渋谷という街が、嫌いな街から行きたいお店のある街に変わった大きな1日でした。
わた