夏に向けて

こんにちは〜

いよいよ夏が始まる…!

という気温になってきましたね。暑暑です。

今年は大嫌いな梅雨の季節がまだこず、心穏やかに過ごしてきましたが…今朝ニュースで間もなく梅雨入りとのことで…

一般的に、雨が降るよりも快晴のほうがいいと思う方がほとんどだと思います。もちろん雨が好きという方もいますよね。

私の場合、雨が降ると髪の毛が爆発するので大変なんです。なので雨の日は前もって髪の毛を縛るようにしていました。

髪の毛が短いともちろん縛ることはできないので梅雨のために髪の毛を伸ばしていたんですが、伸ばしかけの髪の毛って本当に鬱陶しくて…(笑)

痺れを切らして来週美容院にカットへいこうと思っています。ロング計画も断念しました。

というのも実は20年間ずっとロングでして、ロングが恋しいんです。ここ1年でボブにした訳なんですが、意外と周りの人達はボブのほうがいいと言ってくれたりするので正直驚きでした。腰まであったスーパーロングから一気にボブまで切ったので失恋を疑われたりもしました(笑)

実際そんなことはなく、ただ飽きただけなんですけどね。

今はウイッグやエクステで好きな髪型が楽しめるので、いい時代になったな〜と感じます。

髪型や髪色でかなり印象が変わりますよね。

夏に向けて皆さんもヘアチェンジしてみてはいかがでしょうか…!

あゆ

19歳の時にノリで買ったバイク


そんな話をしたいと思います。

先日友人達と飲みに行った時に免許証を見せ合う謎のノリになり、ひとしきりAT限定なのをいじられた後、”普自二”の文字を見て、そーいえばバイク乗れるんだったと、忘れてはないけど気に留めてはいない記憶がふわっと思い起こされる経験がありました。

もともと仮面ライダーに憧れてる少年でもなければ、どこにだって行けるのにテリトリー内で騒音を撒き散らす方々に憧れる青年でもなく、バイクなんて縁遠い人間だったのですが、

高校を卒業してすぐの頃たまたまバイク屋の前を通りかかった時に友人が発した「バイク乗りたいなー」の一言からノリとしか言い表せない速さで事が進み、3ヶ月後には自宅の駐輪場にピカピカのバイクが置かれていました。

今思うと19歳という年齢は、学生時代に打ち込んでいた事に区切りをつけ、また自分のお金を持ち出す年齢で、そのくらいの年に出会うものが一生の趣味になったりするのかなと感じます。

自分が手にしたのはYAMAHAのセロー250というオフロードバイク。山道を走行するようなバイクで、街を出て林道を走れば自然の中に潜り込んでいける感覚がありました。

好きな小説の一文に、「世の中にはね、一人でしかできんこともあるし、二人でしかできんこともあるんよ。それをうまいこと組み合わせていくのが大事なんや」と言うセリフが出てきます。

自分の場合は1人になりすぎている時に思い出す金言なのですが、バイクに乗っていた時期はこの”1人”と”複数”のバランスがうまく噛み合っていたように思います。

綺麗な景色や美味しい食べ物を求めて友達とツーリング。インカムを繋いで話す何でもない会話は、止めどなく前から後ろに流れる景色よりも流暢でした。

最低限の荷物を積み一人でキャンプや林道へツーリング。大きな自然に小さな自分一人、そんな空間で過ごす時間は普段よりもゆったりと滞留していました。

恋愛においても「助手席に座りたい」って人よりも「バイクの後ろに乗りたい」って人との方がうまくいきやすかった気がします。

そんな何もかも上手くいく乗り物も伊豆に越してきて暫くして手放してしまいました。

家具一つ運べなければ、買い物帰りはいつも背中のリュックから長ネギがはみ出していたし、愛猫をバイクの荷台に乗せて動物病院に連れて行くわけにもいかず、とにかく生活に馴染まない…

普通に生きていれば特別出る必要もない東京という街から自分を伊豆に運んできてくれた時点で役目は果たしてたなと割り切り、手放す時は一瞬でした。

ただ、いつかまた日常とバイクがピタっと噛み合うタイミングがくると思うのでその時を楽しみに、今日も颯爽とすれ違うライダーを横目に車で快適にカフェキチへ通います。

次はハーレーなんかもいいかなぁと思うので、見合う様な渋い歳の重ね方をしていきたいものですね。

わた

本栖湖キャンプ場
無謀にも日帰りで蔵王に行き、帰りが大変だった日
小学校からの幼なじみ達

癒し材料

最近は寒暖差が激しく、服装に悩む日が続いていますね。

本来は春夏秋冬という四季のはずが、ここ数年夏と冬しかない気がしてどうも気分が乗りません…

ただ、最近家を出る瞬間がとても好きなんです。 程よく暖かく、風がとても気持ちいいからです。

最寄り駅に向かうまでの道にはお花が咲いていて、ついつい写真を撮ってしまうものです。

今は熱海に住んでいる私ですが、幼少期は伊豆に住んでいました。

生まれた時から身近に海がある環境だったので、海を見ていちいち反応するわけもなく、あたりまえの存在でした。でも電車に乗っていると、観光にお越しの方々は海に対してとても素敵な反応をしてくださいます。その度、慣れてしまっていることに対し少し残念に思います。

しかし、慣れても飽きることは一切なく何度でも見たくなる…それが海ですよね。

戸田・御浜岬

こちらは先日訪れた戸田。実は初めて行きました。海の青さにびっくり…

綺麗すぎませんか?グラデーションが素敵すぎますよね。自然って本当に癒し材料だなと思うんです。

疲れた時とか、何も考えたくない時とか、 綺麗な空や花を見てぼーっとしたくなります。

浜松・ガーデンパーク 花博2024

人によって癒し材料は異なると思いますが、 私は自然かな〜と思います。

よく綺麗な空を見て写真を撮ると、 「それ何に使うの?」と言われるんですがただ撮るだけなんですよね。

皆さんもそういう事ないですか?笑

癒し材料やおすすめスポットがありましたら、 是非教えてください^^

あゆ

真鶴散策

カフェのスタッフとする
「次休みは何するんですか?」の雑談に、

3週連続くらいで
「家の掃除して近くのカフェに行こうかな」と答えてしまい、
先日の休みは少し遠出をして神奈川県の真鶴半島に行きました。

熱海とも程近い神奈川県南部の港町、真鶴町。自分の中では小学生の頃に家族旅行で行ったっきりの土地であり、伊豆に越してきた後も東京方面に出かける際に通過する街でした。

いつもは通り過ぎてしまう駅前のパーキングに車を停め、最初に地域のコミュニティセンターへ。

ちょうど真鶴町と明治大学の建築学科の学生さんのまちづくりに関する展示会が開かれており、真鶴町では昔からの港町の生活風景を守るための独自のまちづくり条例、「美の基準」を設けていることを知りました。

「美の基準」では、町、町の人々、町を訪れる人々、町で開発をしようとする人々がそれぞれに考え、実行していくべき事柄が8つの大きな基準と69の小さなキーワードで書かれています。

例えば8つの基準の一つ「場所」では、
“建物は場所を尊重し、風景を支配しないようにしなければならない”と綴られており、
熱海の景観を悪い例としてあげていて中々にシニカル。

個人的に好きだった項目と文章は、

「ほどよい駐車場」
広大な駐車場は人間の土地を台無しにする。

「大きなバルコニー」
奥行き90cmほどのバルコニーで行える行為はないに等しい。

「小さな人だまり」
日常生活の中で人はいつでも小さなたまりを作って立ち話をはじめる。町の噂、自慢話等は大変楽しいものである

何かを禁止したり、具体的な数値を取り決めるではなく、詩的でユーモアある言葉がスーッと情景を想像させてくれます。

一つ一つは他の町でも探せば見つけられる様なぼんやりとした魅力かもしれません。


ただ、ぼんやりした魅力をしっかり言語にして共有してきたからこそ、商業施設やマンションなどの不自由を埋める為のまちづくりにも負けなかったのかなぁと感じました。

以下、僕が街を歩いて見つけられた美の基準の項目です。

●斜面に沿う形
建物はできるだけ大地を壊さず斜面地に逆らわないように計画する

●実のなる木
ない実のなる木を見て嬉しく人はいない

●触れる花
道路と敷地の境界には通人をもてなす花を植える

●静かな背戸
人だらけの喧騒の中で働く者にとって自然な状況で静かに散策できる場所は魅力的である

30年ほど変わらずに継承され町の生活風景を守ってきた69の項目。最後の「眺め」のページには”美しく豊かな眺めはそれぞれの心から創られる”とあります。

実際にこの町を歩いてみて僕が守っていきたい眺めを1つ付け足せるとしたら、

●幸せそうな猫
猫が安心して眠る事ができ、赴くまま散歩できる町はいい町

わた

どこまでが湘南?

先日、初めて寒川神社にいってきました。

全国でも珍しい八方除の神社で、
1月ということもあり、参拝客で
想像以上に賑わっていました。

茅ヶ崎駅から厚木へと向かう相模線という
ローカル電車も、知ってはいたものの、
おそらく初めて乗りました。

近くに住んでいると、
実は、全国的に有名なスポットも
行ったことがなかったりするものです。
箱根や熱海温泉も近くにあるけれど、
なかなか訪れる機会が少ないですしね。

久々に訪れた茅ヶ崎は、
静かな住宅街にサーファーのお店が
ちらほら点在している街並みで、
THE湘南な雰囲気が漂ってました。

そもそも湘南とはどこからどこまでなのか?
その定義はいまだ曖昧なようです。

調べてみても、「相模湾沿岸らへん」としか書かれておらず、
人によっては、横須賀から湯河原までを湘南とする人もいれば、逗子から二宮までとする人もいます。
ただし、車のナンバーは、小田原周辺にも
「湘南」ナンバーが多いことから、ほんのり湘南が残っていたりします。

そんな湘南論争を度外視しても、
茅ヶ崎は、誰がなんと言おうと、
王道の湘南って感じがしていいですね。

かとう

ドリップ・トリップ

家で自分に淹れる珈琲に関してはしばしば、人生の楽しかったことを思い出しながらお湯を挿す事があります。

「なんとなくおいしくなりそうだなぁー」
とフワっとした理由からなのですが、
味は正直…変わらない気はしてます。

ただ、お湯がサーバーに落ちる4分程の考え事としては丁度いい長さなのです。

“楽しかったこと”とテーマを決めて記憶を掘り返すと幸いなことに家族や友人との思い出が浮かんできます。


小学4年生の秋頃の僕は、体育の縄跳びの
授業での”縄跳びマスター”の称号が欲し
かったので帰宅してから友達と遊ぶまでの間、マンションの共用廊下ではやぶさの
練習をするのが日課でした。

その日も帰宅してランドセルを玄関に放っぽったまま靴箱の取っ手に掛けてある縄跳びを手に外に出ます。

ヒュン、ヒュン、タン…
ヒュン、ヒュン、タン…
ヒュン、ヒュン、ピシっ、タン。

いつも数回は成功するのですが、
項目にある15回以上を本番までに
跳べるようになるかは黄色信号でした。

うまくいかないもどかしさを持ちながら
だらーんと廊下の欄干に体重を預け、
縄跳びを宙に垂らし街の景色を眺めます。


不意にクッっと縄跳びが引っ張られ、
驚きながら感触の先を見ると
1つ下の階に住む同じクラスの女の子が
「何してるのー?」
と顔を覗かせていていました。

「はやぶさの練習してた」

「来週テストだもんね」


辿々しく何でもない会話なのですが
それぞれマンションの8階と9階から
家路に着くクラスメイトや隣町へ行く
バス、駅に向かう人とそれを乗せて
都心へ向かう電車など、流れる街の
景色を眺めながら話す空間が特別に
感じました。

その日からは縄跳びの練習をして、
道の向こうからその子の帰宅が見えたら
縄跳びを垂らし、学校であったことを話す
ことが日課になりました。

小5の秋、小6の秋と縄跳びの授業期間だけ
密に話す不思議な関係が続きましたが、
中学校に上がってからは縄跳びの授業が
なくなり、僕もとっくに縄跳びマスター
になっていたので縄跳びを垂らして2人で話すこともなくなりましたが、今となっても大切な記憶です。

わた

はじめまして


こんにちは、シライです。

初めて、CAFE KICHIブログを書かせて頂きます!

最初に何を書こうかなと考え、

「まずはなぜここで働きたいと思ったのか」

を綴ってみようと思いました。

まず、働きたいと思った理由は、

私は元々、時間に忘れるくらい落ち着いた居心地の良い雰囲気が特に好きで何回か行ってました。

友達と熱海に行こう、でも行って何する?って時に「おすすめのカフェあるからそこ行きたい!」と、いつも「Cafe kichi」を友達におすすめして行っていたくらいです。

こんな好きな空間で仕事ができることは最高なことなのでは?モチベーションに繋がるのでは?

と考え、働きたいと思いました。

また、働いてて感じていることは、Cafekichiのスタッフだけでなく、お客さんも優しいことです。

毎回提供して「ありがとうございます」と笑顔で言ってくださる時は、いつも心が暖かくなります。帰る際に、運びやすいようにグラスを重ねてくれる気遣ってくださるお客さんもいます。

このように、優しい環境で働けてることの有り難さ、やりがいを感じてます。

まだまだ未熟ですが、

これからよろしくお願いします!

シライ

人との出会い

私は周りの人に恵まれていると常々思います。

伝え方が少し難しいのですが、私は″人間″という生き物がとても好きです。

よく他人に興味がないと言われることが多いのですが、まったく逆で正直興味しかありません。

1人1人に短所・長所があり、考え方も違う。 それだけで全ておもしろいと思えます。

先日、浜松にいる友人の元へ遊びに行きました。 同じ静岡県なのに真反対なので距離がありますね。

2年ほど前に半年だけ住んでいたのですが、浜松って本当にいい所だな~と思います。何より住みやすいです。

会うのが数ヶ月ぶりの友人もいましたが、いざ再会すると″これだな~″と。″そうそう、この感じ″と思いました。

言語化するのは難しいですが…とにかくよかったです。時が経っても変わらぬ関係でいられることが幸せですね。

ここ最近環境がガラリと変わり、あたりまえだと思っていたことがあたりまえじゃなかったんだなとようやく気付きました。人との出会いに感謝し、新年を迎えたいと思います。

さとう

将棋をやってみる

今年もあと1ヶ月に迫りましたね。
みなさまは、どんな一年でしたか?

さて、今年の流行語にもノミネートされた「藤井八冠」。
連日流れる将棋のニュースを、
「自分はルールを知らないし、興味もないなぁ。」
と、最初は他人事として見ていました。

しかし、ふと疑問が湧き上がり、なぜ藤井くんが将棋に没頭し、
人生を賭けているのか気になりました。
そこで、スマホアプリの将棋ゲームをダウンロードし、
基本的なルールを学び始めました。
勉強したというような大袈裟なことではなく、
ほんの触れてみたのです。

すると、ルールを知らなかった時よりも、
将棋に引き込まれる理由がわかってきました。

まず魅力の一つが、一手一手に因果応報があること。
自分自身が、次に進めた駒。
それが分岐点になって、勝敗が決まるのです。
「あ、間違えた。やり直し!」などはできないわけで、
自分が選んだ一つの道をつき進むしかないところが、
「人生」と重なるなぁと感じたのです。

さらに面白いのが、意外と心理戦であるということ。
駒を配置する場所や、タイミングで相手を動揺させたり、
心を乱すこともあるようです。
頭脳だけでなく、メンタルとセンスを駆使して、
試合を制していくのですね。

私にとって今年は、何事も少し目線を変えるだけで、
新しい発見につながるのは面白いなぁと感じる1年でした。
来年も、新しい発見をたくさんして、ワクワクできる一年にしたいです。


かとう

名曲喫茶へ

渋谷という街がとても嫌いなのですが、
その日はどうしても行きたいお店があり、
「まだ開発してるのかよ」などと心の中でボヤきながら、数年ぶりに渋谷駅の改札をくぐりました。

なんとなくハチ公を見に行ってから、
SIBUYA109を通り過ぎ、猥雑さとレトロさがいい具合に混ざり合う道玄坂の歓楽街に
「名曲喫茶ライオン」はひっそりと佇んでいました。

名曲喫茶についてざっくり言うと、
クラシック音楽を格式高い音響装置で聴きながら珈琲が飲める喫茶店であり、
まだレコードが高価で個人で購入する事が難しかった1960年頃に流行し、
次第に一般家庭にもレコードプレーヤーやミニコンポ、ラジカセなどが普及すると
姿を消していった、そんな背景があります。

Wikipedia感満載の説明の通り、自分もはじめて訪れるジャンルのお店であり、
クラッシックの知識もありません。通りの看板には創業1926年と書かれており、
お店の入り口も只者じゃない雰囲気でしたので扉を開けるのには少し勇気がいりました。

店内に入ると迫力のある音でクラッシックが流れており、音楽の邪魔にならない小さめなボリュームの”声”とそれを補填する”目線”で「いらっしゃいませ、お好きなお席へどうぞ」と案内をされ、目についた1階の席へ座りました。

お水と演奏のプログラムを持ってきてくれた店員さんに珈琲を頼んでから周囲を眺めます。


店内は1階と2階の吹き抜けになっており、そこに鎮座する3メートルはあろう巨大なスピーカー。レトロな赤いソファと年季の入った木のテーブルのナイスなペアの座席は全てスピーカーと向き合えるように配置されていて映画館のような、チャペルのような雰囲気でした。

演奏を楽しむために会話と店内の撮影禁止のルールがあることから他のお客さんも1人が多く、淡々と本のページを捲る人、目を閉じて音楽に耳を傾ける人、書き物をしている人などそれぞれがこの空間を愉しんでいる様子でした。

僕も先程までのソワソワした気持ちは珈琲が届く5分程の間に消え、
渋谷の喧騒から隔絶されたこの空間にチューニングされたような心地がしました。

華やかなドヴォルザークのスラヴ舞曲が流れる中テーブルに運ばれてきた珈琲は
熱々で深めな味わい。「どーぞごゆっくりと」の気遣いを感じます。

一口飲んでは、シックな内装を見渡し、もう一口飲んでは迫力のある音に耳を澄ませたりと、一口の余韻を大事にできる一杯でしたので読書をして過ごすことにしました。

僕は本を読んでいる際、展開に引き込まれそうな時ほどいったん没入している本から顔をあげて、それまでの展開の整理だったり、この後来るであろうキツい一文に備えたりするのですが、その顔を上げて帰る現実が薄暗くクラッシックが流れているこれまた1人の異空間であり、とても不思議な読書体験でした。

珈琲のおかわりをし長居していると自分も他のお客さんも自然とカップとソーサーのあたる音や、席を立つ際の足音など抑えていることに気が付き、それぞれが1人になる為の連帯感の様なものを感じ素敵なお店だなぁとしみじみ。

足元には幾つもの地下鉄が張り巡らせられていて、地上では真っ直ぐ歩けないほど人と交錯するほとぼりの冷めない渋谷。そんな街において束の間の時間を1人でやり過ごせるそんな魅力のあるお店でした。

自分の中で渋谷という街が、嫌いな街から行きたいお店のある街に変わった大きな1日でした。

わた